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その道のプロと行く! 超マニアックな隅田川の橋巡り 〜第1回 白髭橋から蔵前橋〜
~隅田川の橋~

その道のプロと行く! 超マニアックな隅田川の橋巡り 〜第1回 白髭橋から蔵前橋〜
~隅田川の橋~

コース概要

大型の構造物はときにその大きさにも関わらず、視界に入ってはいても意識の外にその存在が追いやられてしまうことがある。ところが、ひとたびその構造物を意識した途端、その存在感は増し、街の風景はガラリと変わる。
そのひとつに橋がある。今回、隅田川に架かる橋を巡ったのだが、普段、何気なく渡っていた橋の歴史や構造について知れば知るほど、その細部までが気になり、気になるどころか、「美しい」とすら思えてしまうのである。
そうした新たな“美意識”への道案内として、今回は橋のプロにガイドをお願いした。明治41年創業、橋梁建設の老舗であり、最先端技術で数多くの橋を手がけている宮地エンジニアリング株式会社の執行役員で、千葉工場生産管理部長の河西龍彦さんだ。河西さんは、土木業界のアカデミー賞といわれる権威ある土木学会田中賞・作品部門の受賞経験もある方なのだが、物腰はいたって柔らかく、橋への愛情が、橋を眺めるときの目つきや話しぶりにも滲み出ているのである。
今回、この強力な助っ人を得て隅田川の橋を巡る!

走行距離 約7㎞ 所要時間 約2時間
お手軽度
5
地域 東京都東部
天気 晴れ 気温 30℃

コースおすすめスポット

コース案内

言問橋で河西さんと待ち合わせをして、そびえるスカイツリーに今日のライドの安全を勝手に祈願してスタート。言問橋から一旦、隅田川を遡上し白鬚橋から河西さんの“白熱橋教室”が始まる。続いて、隅田川唯一の歩行者専用橋である桜橋へ。さらに浅草にほど近い吾妻橋、厩橋、蔵前橋とたどり、ファンも多く、また作られた年代も古い清洲橋と永代橋をじっくりと見学。続く中央大橋では、近代的な橋の様子を味わい、最後は勝鬨橋で終了。

言問橋で待ち合わせ

オススメ度 5

よく晴れた夏の日、今回のライドのガイド役をお願いした河西さんと言問橋で待ち合わせ。川を渡る直線が美しい言問橋の西詰(浅草側)から眺める先には、スカイツリーが空へ真っ直ぐ伸びる直線を成している。スカイツリーをバックに、出発前の記念撮影をパチリ! ちなみに、河西さんによると言問橋の言問とは、小倉百人一首の歌として有名な、

 ちはやふる 神代もきかず龍田川 からくれなゐに水くくるとは

を詠んだ平安時代の歌人、在原業平が作った、

 名にし負はば いざ言問はむ 都鳥 我が思ふ人は ありやなしやと

この歌に由来するといわれている。
言問橋は昭和3年(1928年)竣工。

橋を見るには、まず橋の下へ!

オススメ度 5

河西さんによると、橋を知るには、まず橋の下の側面にあるプレートを見ることから始まるという。
「我々が橋を見るときには、あのプレートを見ます。橋には必ず1枚ついています。そこを見ると、橋がいつできたか、発注元はどこか、施工主はどこの会社か、さらに使われている材質のことまでわかります。言問橋のこのプレートにも、施工主が書いてありますね。我々の会社の宿命のライバルです(笑)。それから復興局とも書かれています。この発注元については、また後で説明しますが、関東大震災の復興事業として隅田川の橋は架けられていて、その発注元ということですね」
こんなプレートがあったなんて初めて知った。まずは橋を見るなら、まず橋の下から!

震災復興事業として架けられた隅田川の橋梁群

オススメ度 5

白鬚橋は昭和6年に竣工しており、隅田川に架かる橋のなかでは7番目に古い橋である。隅田川の橋で大正末期から昭和初期にかけて竣工された橋には、ある共通点がある。河西さんがこう説明してくれた。
「隅田川に架かる橋は、大正12年(1923年)の関東大震災による損傷が激しく、震災にも強い恒久的な橋を架けようという震災復興事業として建設されました」
昭和6年竣工の白鬚橋は7番目の古さで、最も古い永代橋は大正14年に完成している。竣工した年の差、タイムラグにも背景があると河西さん。
「震災復興事業ですが、その事業主体によって予算の大きさも違いました。そのため、お金のあるところは竣工も早く、橋の構造としてもお金がかかっている橋が多いのが特徴です。一番予算があったのが、内務省復興局、次が東京市、そして東京府の順番です」
東京市と東京府は1943年に始まる東京都制まであった自治体区分で、東京市は現在でいう東京23区にあたり、東京府は同じく東京都にあたる。
「事業主体の違いを知った上で、橋を眺めるとそれはそれで味わい深いですよ」
白鬚橋は昭和6年(1931年)竣工。

「白鬚橋」を長生きさせる河西さんのお仕事

オススメ度 5

「白鬚橋は予算が一番少なかった東京府が作った橋ですが、見た目のかっこよさからは、予算の少なさなんて感じさせませんよね。構造的には、専門用語でブレースドリブアーチと言います。ブレースというのは、縦の柱に対して、対角線上に補強材を入れることで強度を出す構造です。
対して、あとで見に行く永代橋はソリッドというのですが、柱の間に補強材が使われていません。ソリッド構造で造るにはめちゃくちゃいい材料の鉄をふんだんに使わないとできないんですね。さすが復興局ってことですね。
ちなみに、永代橋を造る際にいくつも設計案が出され、ボツ案になったものも多かった。実はそのボツ案のひとつが、この白鬚橋なんですね(笑)。お金がかからない構造ではあるんですね。
でも、見た目はすごくキレイですよね。この構造の橋は全国にもあるんですが、有名なのは北海道旭川市の旭橋というのがあって、これとそっくりです。つまり、当時としてはこの構造が一般的なんですよ」
昭和6年に完成した白鬚橋も御年85歳。それでも、市民生活、日本の経済活動を支える橋は、おいそれと引退するわけにはいかない。そこで行われるのが、長寿命化工事である。
「実は白鬚橋の長寿命化工事はうちの会社が行いました。車が走る部分を床版というのですが、この部分を最新の技術で一番長持ちする鉄板に付け替えました。これでかなりの年数、寿命は伸びましたよ。まあ、あと100年は大丈夫じゃないでしょうか」
長寿命化工事、すごい!

隅田川唯一の人のための橋「桜橋」

オススメ度 5

隅田川に架かる18本の橋のうち、桜橋だけが唯一歩行者専用となっている。休日ともなると、大勢の人が行き来しては、橋の中程から隅田川を眺めている。
「この橋、きれいでしょ。橋の下の部分を見てください。つなぎ目がなくスーッと平らになっています。これは全断面溶接といって、現場で熟練の溶接工が鉄板を溶接していくんです。だから、橋の下に行って見てみるとわかりますが、つなぎ目がうっすらと見えますよ。ちなみに、この橋を造ったのもうちの会社なんですよ」
橋はX字型になっており、その流麗な曲線が橋という本来は無機質な建造物にしなやかな印象を与えている。闌干からポールのように伸びた照明もシンプルなデザインで洒落ている。
「やっぱりきれいだな〜、この橋は。天気もいいし! しかも、ここからもスカイツリーがよく見えますね」
桜橋の名前は、都民からの公募によって決められた。桜の季節には、川の両岸を埋める満開の桜がとても美しい。
桜橋は昭和60年(1985年)竣工。

ライドのお供はGTのGRADE

オススメ度 5

今回の橋巡りでふたりが乗るのは、MTBの世界的ブランドとして有名なアメリカ発のブランドGTが、最先端の技術を駆使し、オンロードからオフロードまで、柔軟に対応するタフであり乗りやすさを追求した1台「GRADE」。長い距離を走っても路面からの衝撃をフレームが吸収してくれるので、疲れにくく、走る道を選ばないのでストレスなく、どんな道でもガンガン攻めていける楽しさがある。
このタフさは、通勤からオフロードまで幅広く使える。

GT GRADE
公式サイト https://www.riteway-jp.com/bicycle/

これも浅草の名所! 吾妻橋は橋の下がヨーロッパ!?

オススメ度 5

アサヒビールの黄金のオブジェと、背後にそびえるスカイツリー、真っ赤なアーチの吾妻橋。見所たくさんの浅草で欠かすことのできないフォトスポットだ。
「吾妻橋も関東大震災でやられて、復興のために造られました。施工主は東京市です。昭和6年完成ですから、御年85歳ですね。隅田川にかかる橋ではこれも7番目に古い橋となります。もともとは1774年(安永3年)にここの橋がかけられて、当時は大川橋と呼ばれていました。江戸時代の人は隅田川を大川と呼んでいたんですね。それで大川橋。ただ、地元の町民は江戸の東にある橋だから東橋と呼んでいたようです。それが転じて吾妻となったと言われています。構造は橋のアーチの上に道路のある上路式アーチ橋です」
隅田川の両岸には水辺を散歩できる(自転車の通行はできない)ように整備された「隅田川テラス」が広がっている。ところが以前、この隅田川テラスは吾妻橋に遮られ、橋の上を渡って迂回し、再び橋の下へ降りなければならず不便であった。そこで、吾妻橋の西岸(右岸)側の橋台部分にトンネル状の通路を開き、隅田川テラスとして通行できるよう整備する工事が行われた。そして、平成28年3月に工事も完了し、ようやく通行できるようになったのだ。
「この通路、今回初めて通りました。いや〜、ヨーロッパの橋のような造りで雰囲気があっていいですね」と河西さんも感心しきりの吾妻橋だった。

最近の流行、バルコニー付きの「駒形橋」

オススメ度 5

「駒形橋は古いんですよ。今年で89歳、隅田川の橋では2番目の古さです。予算が潤沢だった復興局が造ったので、パッと見ただけでも造りのゴツさがわかります。ここからひとつ下流側にある厩橋は東京市が造りましたが、違いを見てみると面白いと思います。まず、橋の幅員が違いますし、見た目にも堅牢な造りになっています。それから、柱を支えている土台の石にも御影石が使われていますよね。他の橋では花崗岩を使うことが多いですが、やはり長持ちするいいものを使っているんですね」
駒形橋を特徴付けるものに2箇所のバルコニーがある。
「バルコニーは最近の橋の流行りですが、駒形橋にもあります。このバルコニー、実は単なるデザインや踊り場としての機能だけではなく、バルコニーの床板の一部を取り外すと、橋脚の点検口になっているんです。バルコニーの内部を通って、橋脚部分へ降りていき点検ができるんですね。すごいこと考えていますね、凝ってますよ。よく見たら、照明もまたいいんですよ。細長い円柱状で、なんとなく東京スカイツリーにも似ていてかっこいい!」

長寿命化工事でより強固になった「蔵前橋」

オススメ度 5

鮮やかな黄色がひときわ目立つ蔵前橋。この色にはちゃんとした意味があると河西さん。
「蔵前橋のあった辺りにはかつて幕府の米蔵がありました。だから蔵前という地名が付けられたわけです。米蔵だから橋の色は稲穂の色にしようということで黄色になったそうです」
蔵前橋は昭和2年に完成した橋で隅田川にかかる橋のなかでは、駒形橋と並ぶ89歳で2番目に古い。この橋の施主は復興局なので、予算は潤沢だった。
「かつて蔵前橋は路面電車が走っていたほど、強固な造りです。とはいえ、橋にも保全工事が必要で、この蔵前橋はうちの会社が長寿命化工事を請け負いました」
なんと、それはすごい! 長寿命化工事では、橋の路面を支える床版を最新技術で製作された床版に取り替えたという。
「アスファルトを剥がすと、大正13年に着工して昭和2年に竣工した、その当時の工法を見ることができました。当時としては、相当高いレベルの工事をしていました。関東大震災の復興事業でもありましたから、どんな地震にも耐えられる橋を作るという信念が感じられますね」
その思いを継いで長寿命化工事も進められ、河西さん曰く「200年は持つような工事を施しました」ということだ。心強い!
「蔵前橋は欄干のレリーフがまたいいんですよね。蔵前に国技館があった名残で力士のレリーフが彫られています。レリーフにはもう一種類あり、向島の芸者さんがモチーフとなっています」
河西さんに無理をお願いして、欄干の前で土俵入のポーズで、ハイ、チーズ!

あとがき

橋をこれほど真剣に見学する機会は、ほぼない。しかも、橋の専門家と巡ることで、橋の味わい方を知ることができ、存分に堪能することができた。橋について基本的なことを知ると、それ以降、目に映る橋がまったく違うものに見えてくるのである。
構造美を有した橋を見るのに、隅田川の橋梁群は見事というほかない。そろそろ100歳を迎える橋が次々に現れ、しかも、大都会東京の大動脈として立派に機能しているというのがすごい。
隅田川橋巡りは、後編へと続く!

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このコースガイドを書いた人

編集部S
くるくるメディア編集部デスクです。あちこち走り回るぞ!