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駅のプロとめぐる 誰かに教えたくなる文武両道ライド 都心の駅舎めぐり(前編)

駅のプロとめぐる 誰かに教えたくなる文武両道ライド 都心の駅舎めぐり(前編)

コース概要

普段、何気なく利用している駅を“目的地”として自転車で巡ると実は色々な発見に出会える。今回は、駅舎の設計を手がける設計事務所の浅倉則之さんにガイド役をお願いして、東京駅巡りライドに出発した。浅倉さんは、駅舎設計のプロであり、自転車では埼玉を拠点とするチーム「チーム物見山」に所属し、レース出場経験も豊富なローディーでもある。ただ、今回はゆっくりとしたポタリングスピードで駅舎巡りを楽しむことに。
関東の駅百選にも選ばれる駅や、都会のど真ん中にいまもその名残がある幻の駅、さらに駅からのスピンオフとして、山手線唯一の踏切や東京メトロ唯一の踏切といったスポットなど、かなり盛りだくさんな駅舎巡りである。

走行距離 約30km 所要時間 約4時間半
お手軽度
3
地域 都内
天気 晴れ 気温 15度

コースおすすめスポット

コース案内

今回の駅舎巡りライドでは、旅情溢れる田舎の駅ではなく都内にある、日頃よく利用する駅がターゲット。
まずは原宿駅を出発し、原宿駅近くにいまもある御用列車が停車した皇室専用ホームを見てから四ツ谷駅へむかい、今はない幻の牛込駅と飯田町駅から、大江戸線飯田橋駅のひっそりと佇む近代的で豪奢な駅を見学する前半戦。

後半戦は山手線の見所を巡り、東京メトロ唯一の踏切や、昌平橋駅、万世橋駅といった短命の駅の名残を見つつ、日本で最初に鉄道が開業した新橋駅を当時のように復元した旧新橋停車場で日本鉄道開業の秘話を聞き、最後は品川駅と田町駅の間に建設が予定されている新駅の開発地を眺めながら、未来の駅舎と新しい街に思いを馳せるライドをお送りします。

都内に現存する最も古い木造駅「原宿駅」

オススメ度 5

1906年(明治39年)に開業し、1923年(大正12年)関東大震災の翌年に現在の駅舎が2代目として竣工した。

「原宿駅は当初は、民間の鉄道会社である日本鉄道の駅として開業しました。ただ、すぐに国に買い上げられ国有鉄道となるんですけどね。最初の駅舎はいまより代々木駅よりにあって、石炭を東北から運んでくるために引かれました。赤羽の方からずっと来て、品川、横浜方面の港へ向かって線路が延びていました。石炭を港から出すための貨物線だったんですね」

新たなファッションが発信される若者の街のイメージからは程遠い生い立ち。

「原宿駅のホームを明治神宮へ向かう橋の上から見てみると、改札と駅舎のある横が断崖になっているのが見えます。それでその底に線路が敷かれています。実はこの辺りは、武蔵野台地の端っこで、台地がうねっているんですね。そこに線路を最短距離の一直線に通しているので、台地部分は全部切り通しで作ってあります。当時はショベルカーもないですし、すべて人力ですから相当、大変な工事だったようです」

台地を通る鉄道ということで、台地つまり山手なので山手線と命名されたのだとか。

「1924年の竣工で、2024年には100年を迎えます。100年残る駅というのはなかなかありません。関東の木造駅のなかでも原宿駅は一番古いですしね。ただ、現在の原宿駅は明かにキャパシティが足りませんので、それを補う計画がいま立てられているところです。駅のある場所もいいですし、街の顔としてもぜひ残したいですよね」

いまは使われていない 「皇室専用ホーム」を覗き見る

オススメ度 5

原宿駅から代々木方面へ線路沿いを行くと、白くところどころサビついた大きな門が見えてくる。その先には何があるのか。

「皇室専用のホームがあります。このホームに御用列車が停車し、ここから葉山や那須の御用邸などへ行かれていました。今ではもう使われていません。山手線に乗っていると、電車のなかからもみることができますよね。この場所は、一番最初は日本鉄道の変電所が作られた土地だったんですよ」

やけにデコボコな道路の謎 日本最古のアスファルトを踏みしめる!

オススメ度 5

皇室専用ホームを後にして、四ツ谷駅へ向かう途中、浅倉さんがぜひ見て欲しいという珍しいスポットに立ち寄った。

「明治神宮外苑の絵画館前は、毎年初春に行われるロードレース『神宮クリテリム』のスタート/ゴール地点なんですが、ものすごく路面の状態が悪いんです。以前、私も神宮クリテを走ったのですが、最後のゴールスプリントになると自転車が飛び跳ねるほどにガタガタ。なんでだろうと思っていたら、謎が解けたんです。実は、あの路面って日本最古のアスファルトだったんですよ!」

アスファルトに日本最古があるなんて! 遺跡みたいだ。ということで、さっそく向かってみると、たしかにひび割れもすごくてガタガタだ。

「アスファルトにも色々と種類があったらしく、これは人工アスファルトでは日本初だそうです。だから、いくらひび割れていても補修をせずに、当時のままに残してあるんですね。土木関係者の間では結構、有名らしいですよ」

絵画館前にはひっそりと「明治神宮外苑の舗装」という案内板がある。それによると、このアスファルトは1926年(大正15年)に完成したそうで、「我が国においてワービット工法を採用した最初の工事であったばかりでなく、アスファルトは国産品(秋田県豊川産)を使用し(中略)日本における車道用アスファルト舗装としては最古のものです」とある。最古と聞くと、なんだかありがたみが湧いてくる。しっかり、撫でておこう。記念撮影も忘れずに!

文化財のなかにある!? 「四ツ谷駅」の立地が実はヤバイ

オススメ度 5

四ツ谷駅といえば、外堀の上に建つようにあるが、実は現在の場所に四ツ谷駅があるのは、今では“ありえない”事情があるという。

「四ツ谷駅も商業ビルのアトレも、建物のある場所は外堀のなかです。外堀は文化庁が管理している文化財なんですね。本来であれば、文化財は文化財保護法によって厳密に管理され、建物を建てる許可はまず下りません。といっても、四ツ谷駅は文化財保護法の制定前に作られていたので大丈夫なんですね。ただ、アトレは後から建てたので、実は期限付きでの建設なんですね」

文化財と言われてよく見てみると、麹町口の周りには石垣が残っている。

「江戸時代にはここに四谷見附がありました。外堀に沿って8箇所の見附がありましたが、その1つです。江戸城内に入ってくる人は、外堀にかかる橋を渡り、見附を通らなければ入城できませんでした。見附は、4箇所の石垣の上に見附の建物が立てられ、内部はL字となっており、不審者がいれば見附の門が閉じられて不審者が閉じ込められる構造となっていたそうです。その見附の石垣がいまもしっかりと残されているんですよ」

麹町口を出て駅舎の裏側へまわると、巨大な直方体の石がある。

「四谷見附の石は伊豆の天城から運ばれてきたと言われています。こんな巨大な石をどうやって伊豆から運んできたんですかね。江戸時代の人って何を考えていたのかわからないですけど、とにかくすごいですよね」

自然に優しいエコステーション 「四ツ谷駅」の実力

オススメ度 5

JR四ツ谷駅の3・4番線ホームから見える壁には、ある工夫がされているという。

「溶岩をスライスした石をプレートにして、ビス留めして壁面を作っています。溶岩には穴がたくさん空いているので、草の根が生えやすいんですね。少し時間はかかりますが、壁に沿って草が生えて天然の壁面緑化になります。
その他にも赤坂口の駅舎の上には太陽光パネルを敷き発電していますし、ホーム上の天井を透過性の素材にすることで、太陽光を駅の中まで入れてトップライトにする工夫もしています」

そんなところを通ってるの!? 「四ツ谷駅」近くの古トンネル

オススメ度 5

JR四ツ谷駅の4番線ホームから総武線の下り方面の電車に乗ると、すぐにトンネルに入る。このトンネル、名前を「御所隧道」(隧道=トンネル)というのだが、かなりの年代モノなんだそうな。

「明治時代に掘られたトンネルなんですが、色々とすごいことがあるんです。まずはすべて手掘りということ。銀座線など開通が古い地下鉄は開削、つまり地上から深い溝を掘りそこに線路を通していました。ところが、このトンネルは手掘りで掘られたということで、相当大変な工事だったことは間違いないでしょう」

なんでも明治27年(1894年)に掘られたそうで、総延長は317m、中央本線最古のトンネルなんだとか。JR四ツ谷駅の4番線ホームから総武線下り電車に乗って車窓から眺めるか、それよりも地下鉄丸の内線の池袋方面ホームの端に行くと案外よく見える。

「手掘りということ以外にもうひとつすごいのが、このトンネルが通っている場所です。学習院初等科の真下にトンネルがあるんですね。初等科といえば、皇室のご子息が通う学校ですから、その下をトンネルが通るということで、当時、トンネルを通して市ヶ谷まで鉄道で陸軍の兵隊を運びたいという陸軍と、宮内庁の間で一悶着あったそうです」

「牛込駅」と「飯田町駅」の名残を探す

オススメ度 5

現在の中央線快速と総武線が走っている路線は、かつて民間の鉄道会社である甲武鉄道が走っていた。その当時は、いまは無くなってしまった駅がいくつも存在したのだ。その名残がいまもあるという。

「市ヶ谷駅と飯田橋駅の間にかつてあったのが、牛込駅です。現在の飯田橋駅より数百メートル市ヶ谷寄りにありました。新宿方面から来て牛込駅のひとつ先、現在の飯田橋駅より水道橋寄りには、飯田町駅という駅がありました」

飯田橋ではなく、飯田町というのがミソ。

「かつて甲武鉄道は線路の延伸をしており、東端駅が飯田町駅、つまり終点だったことがあります。その先の水道橋まで延伸する際に、飯田町駅と水道橋駅があまりにも近すぎるので、牛込駅と飯田町駅を統合して飯田橋駅が作られました」

牛込駅の改札があった場所には、いまは商店が2軒並んでいる。商店の左右の石垣がお堀側に曲がっているのが、駅入り口の名残なのだ。

「飯田町駅は現在大和ハウスのビルがある位置に駅舎がありました。その後、牛込駅と飯田町駅が統合し、飯田橋駅が開業して後も飯田町駅の跡地は貨物専用駅となりました。貨物駅となった飯田町は、紙の物流基地となり紙輸送の貨物列車が集まるようになりました。それもあって、いまだにこの周辺には印刷会社や出版社が多いんですね」

いまも飯田町駅の名残を見ることができる。ひとつは、飯田橋駅と水道橋駅間にある鉄橋の飯田橋駅側の石垣だ。かつて飯田町駅が東端駅だった名残の立派な石垣がいまも残る。
もうひとつ、ダイワハウスの向かいにあるホテルメトロポリタンエドモント前の広場の地面をよく見ると、平行して伸びる線路が埋められているのだ。この線路が本当にかつて使われていた線路かはわからないが、なかなかニクイ演出だ。

突如現れる超近代的な駅舎 大江戸線「飯田橋駅」がやけに派手!

オススメ度 5

飯田橋駅には、都営地下鉄大江戸線も乗り入れている。大江戸線飯田橋の駅デザインは建築家の渡辺誠氏が設計したもので、駅構内や通路、地上へ向かう階段など、空間全体が近未来的な雰囲気となっている。なかでも、特徴的なのがC3出口から地上へ出て見上げるとそこにある、巨大な葉っぱのようなオブジェだ。

「今日はこれまで歴史的なものを見て来ましたが、突然、近代的になります。この銀色に輝く葉っぱをイメージした作品は、地下鉄の換気口を覆うように作られています。葉っぱ部分の素材は、オールステンレス製ですから、費用も相当かかっていますよね」

確かに、このC3出口は表の外堀通りに面しているわけではなく、人通りの少ない裏通りにあり、利用者もかなりすくない。隠れた名所とも言える。自転車で近くへ来た際には、ぜひ寄ってみて欲しい。

あとがき

前半戦は原宿から神宮外苑を経由して、四ツ谷、飯田橋へと、駅舎をたどるライド。電車で移動すれば、10分足らずで移動できる距離が、自転車でたどれば江戸時代から平成までの歴史をたどるタイムトラベルになるのだ。ほかにも日本大学開校の地や、東京のお伊勢様こと大人気恋愛スポット東京大神宮も、今回のコースからほど近いところにある。

長距離ライドは堪える冬の寒いこの時期。近くの歴史をめぐる文武両道ライドはいかがでしょうか。

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このコースガイドを書いた人

編集部S
くるくるメディア編集部デスクです。あちこち走り回るぞ!