コラム

[自転車の歴史]コンポーネント(コンポ)の誕生

コンポーネント(コンポ)の誕生

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リオデジャネイロでオリンピックが佳境を迎えている。自転車競技は男子ロードから始まり、トラックの各種目と続き、残すところ、MTBクロスカントリー、BMXのみとなっている。自転車競技は、1896年に開催された近代オリンピック第1回となるアテネ大会(1896)から途切れることなく開催されている最も古い競技種目の一つであることをご存知でしたか。

さて、現代のロードレース界でコンポーネント(コンポ)と言えばシマノDi2に代表される電動変速・駆動系のパーツ全体を指す。だが2009年まで、Di2は存在しなかった。その前身であり、今もホビーライダーの大半が使っている変速と減速装置を兼ねたデュアルコントロールレバーは1993年まで存在しなかった。それまでは変速のたびにハンドルから手を離すことになり、上り坂でパワーロスして速度が落ちたものだった。自転車競技は使用する機材次第で順位が変動するので機材スポーツと言われるが、競技である以上は勝てる機材で臨むのが競技者の性。だから、競輪はプロ選手が自ら機材を買う珍しい競技だと言える。

変速・駆動系、制御系を司るコンポーネントというコンセプトはシマノが1970年代にパーツ群をセット販売したのが始まりだ。英語圏ではグループセット(伊カンパニョーロではグルッポ)と呼ばれている。日本ではシマノのライバル企業だった前田工業(サンツアー)が自社製のコンポーネントだけでなく、各パーツ分野で強みを持つ仲間内の企業製品を揃えて対抗するも、後に経営上の戦略ミスで自滅(倒産)してしまった。シマノはデュラエースを作った時に、それをロードコンポの最高峰と決め、唯一、ブランドロゴと会社ロゴを併記しないことにした。先日4年ぶりに発表されたR9100系もその掟を踏襲し、最新のデュラエースにもSHIMANOのロゴは入っていない。それがユーザーにとっては密かな誇りで、デュラエースが別格であることを表している。特に現代のコンポはパーツ剛性および連携性をトータルバランスで設計してあり、全部揃えて初めて本来の価値を発揮する。つまり、例えばクランクだけデュラエースを奢る一点豪華主義でも変速や制御に問題はないが、本来設計者が狙った強さや滑らかさは得られない。むしろ下位グレードのアルテグラや105でパーツを統一した方が変速性能は高いという。

では、上位と下位の差とは何か?端的に言えば精度と耐久性である。
これから本格的に自転車を始める人へ勧めるのなら105クラスを推す方が多いのではないか。自転車通勤がメインならSORAやティアグラでも十分だと思うが、草レースにでも出る可能性があれば上位を勧めておいた方がいい…。こういう発想ができるのはシマノのおかげだ。コンポのグレードにヒエラルキーを作ってしまった罪はあるものの、ユーザーが上位パーツ欲しさで仕事に励んだり、貯金に勤しんだりすると考えれば世のためになっているのでは、と思うのだ。

一度、電動デュラエースにすると最早ワイヤー引き変速機に戻れないと聞く。細かな調整まで機械がやってくれるからだ。値段は高いが費用対効果も抜群。クルマを買い替えるよりは安いものだが、世の奥さん方がデュラエースの価値(価格?)に気付いてしまうと少し後が怖い気もする。できれば、巻き込んで一緒に楽しんでいただきたいものだ。

前回までの「自転車の歴史コラム」はこちら
第6回 ツール・ド・フランス黎明期の自転車とは
第5回 自転車文化は一日にしてならず
第4回 マウンテンバイクがやってきた
第3回 ジュニアスポーツ車は永遠に
第2回 ジュニアスポーツ車が遺した技術
第1回 ジュニアスポーツ車とは、いったい何だったのか?

内海 潤内海 潤(うつみ じゅん)NPO法人 自転車活用推進研究会 事務局長株式会社エクスゲート 代表取締役東京サイクルデザイン専門学校の非常勤講師として次世代の自転車人を育てる一方、イベントや講演会などを通じて自転車の楽しさや正しい活用を訴える活動を続けている。テレビへの出演多数。共著書に「これが男の痩せ方だ!」がある。