コラム

[自転車の歴史]自転車がタイトルに入る法律の歴史

自転車がタイトルに入る法律の歴史

 カジノ法案と同時に臨時国会へ提出され、ひっそりと自転車活用推進法案が可決され成立したことをご存知だろうか?
全会一致で審議もなく、いささか拍子抜けの感もあるが、確かに衆法113番として公布された。恐らく平成29年5月に施行されるはずだ。日本の法律で自転車がタイトルに入るのは4つ目だが、従来からある自転車三法とは価値も位置付けも全く異なる。

 古い順に紹介しよう。戦後まもなく、昭和23年に競輪関連の自転車競技法ができた。競輪が福岡の小倉で始まった年だ。車券や払戻金の規定などについて本則六十九条、附則十条(ただし削除された条文も多数)ある。これが1つ目。

 次が昭和45年の自転車道の整備等に関する法律である。
昭和45年と言えば、道交法で自転車の歩道通行を認めた年でもあるが、第一条に自転車道を整備して交通事故の防止と交通の円滑化に寄与し、国民の心身の健全な発達に資する目的とする。とあり、法の精神は50年先を行っていた。ただ、当時は交通戦争の真っ只中。クルマを如何に早く交差点から捌くか、クルマと歩行者や自転車との事故を如何に減らすかばかり議論され、自転車道の整備は後回しにされた。

 三法の最後が昭和56年の自転車の安全利用の促進及び自転車駐車場の整備に関する法律(平成6年に自転車の安全利用の促進及び自転車等の駐車対策の総合的推進に関する法律へ改正)だ。これはタイトルに安全利用の促進とあるものの実質は放置自転車対策法であり、以前は自転車基本法とも呼ばれていたが、あくまで個別法レベルに留まっていた。この3つをもって自転車三法と呼ぶ。

 数年前に交通政策基本法が成立して国が交通政策の基本理念を定めた際、自転車の利活用に関する理念をまとめた基本法の必要性を訴える声が挙がったのを機に自転車活用推進議員連盟(議連)でプロジェクトチームが結成され、3年にわたって準備して来たが、このたび無事に成立した。自転車三法と交通政策基本法の間(ミッシングリンク)を埋める理念法の誕生だ。

 世界の自転車先進国は全て持っている国レベルの自転車計画を、ようやく日本も作れる時代がやってきたのだ。これは時代の流れと言っていい。21世紀は少子高齢化と人口減少に対する施策が求められている。公共交通の役割も変わっていく。かつては点と点を結んで大量輸送すれば良かったが、これからはコンパクトシティ化が進んで面的な移動の需要が増える。自転車も公共交通の一環として需要を支えていくことになる。本法でも公共の利益の増進に資する、と明記されている。

 2020年に東京五輪が来る。この時期に法が成立したのは幸いだった。残された時間は多くないが、できることは幾らでもある。歴史的遺産(レガシー)を遺して悔いは残すまい。五輪終了後に振り返り、改めて検証してみたいと思う。

前回までの「自転車の歴史コラム」はこちら
第14回 ハンドルの歴史
第13回 サドルの歴史
第12回 ペダルの歴史
第11回 自転車の駆動方式について
第10回 フレームの歴史
第9回 折りたたみ自転車のルーツと今後のポテンシャル
第8回 空気入りタイヤという大発明
第7回 コンポーネント(コンポ)の誕生
第6回 ツール・ド・フランス黎明期の自転車とは
第5回 自転車文化は一日にしてならず
第4 回 マウンテンバイクがやってきた
第3回 ジュニアスポーツ車は永遠に
第2回 ジュニアスポーツ車が遺した技術
第1回 ジュニアスポーツ車とは、いったい何だったのか?

内海 潤内海 潤(うつみ じゅん)NPO法人 自転車活用推進研究会 事務局長株式会社エクスゲート 代表取締役東京サイクルデザイン専門学校の非常勤講師として次世代の自転車人を育てる一方、イベントや講演会などを通じて自転車の楽しさや正しい活用を訴える活動を続けている。テレビへの出演多数。共著書に「これが男の痩せ方だ!」がある。