コラム

[くるくる写真塾]第13回 スナップショット。

第13回 スナップショット。

日常の中では、私たちの前には様々な光景や出来事、人物が立ち現れては消えていきます。目の前の現実は、それを見ようとした一瞬の後にはもう移りゆき、さっきの現実とは違うものになっています。素晴らしい瞬間も、忘れたいような厳しい現実も、全てはやがて消えてしまいます。記憶としては、幾分でも残りはしますが……。

人というのはなかなか傲慢な生き物なので、いま素晴らしいこの瞬間を手にしたい、永遠にしたい、と考えたりします。古来よりは不老不死の秘術を追求してみたり、それは大げさな例としても、日々のうつくしい自然や心象風景を止めようとして絵などを描くのも、そんな理由からと仮説できます。

写真は、発明当初からそんな人間の欲求を、直接的直感的に叶えてくれる技術、道具として、ほんの200年で瞬く間に世界に広まりました。当初巨大だった写真機も、片手に収まる手軽さまでコンパクトになり、今ではスマホがそれに取って代わろうとしています。実に気軽に愛おしく、悩ましく、狂おしい日常を記録できるようになった、つまり欲望を叶えられるようになったのです。

スナップショットという言葉があります。スナップ写真とも言い換えられて、もう日本語として定着しているので、わざわざ説明するまでもないですが、直訳では“速射”を意味します。本来は“射る”、つまり弓や銃砲などに用いる武器用語でした。獲物を素早く射る、から転じて一瞬のうちに素早く撮影する撮影技法、またそうして撮られた写真のことを指すようになりました。

被写体に対してどっしり構え、撮影者の審美眼を発揮して細部までフレーミングするのではなく、過ぎ行く眼前の日常に現れた一瞬のきらめきに反応して“射抜く”のがスナップショットと言っていいでしょう。それは恋人が一瞬見せた、今まで知らなかった翳りある表情かもしれないし、荒天の雲間に一瞬差した陽光が、街を照らし作った陰影かもしれません。戦場の現場の悲惨な現実など、報道的でショッキングな瞬間も、実は日常の延長線にあります。その時、その瞬間しかなかった景色。もし、即座に反応しシャッターを切っていなければ、撮れていない写真が、その瞬間にあるということです。そんな瞬間を追う醍醐味が、スナップショットにはあります。

スナップの名手なる写真家もたくさんいます。レジェンドスナッパーといえば、報道写真の祖、ロバート・キャパを思い浮かべる方もいるかもしれません。日本で名手といって真っ先に名が上がるのは木村伊兵衛氏。氏の名を冠した『木村伊兵衛賞』は新人写真家の登竜門となっています。この二人の名手が共通して使っていたのは名機ライカでした。

それぞれたくさんの逸話が残っていますが、木村氏などは、涼しい顔で巷の日常を逍遥しながら、ここぞとなれば電光石火、ノーファインダーでシャッターを切りました。その様子は、さながら居合斬りの達人のようであったそうです。氏はお洒落でハイカラ者としても知られていて、ハットに丸メガネに、少し大きめのスーツで遊び心を感じさせる着こなしは、当時の日本の写真家のオーセンティックなお手本とも言える風貌でした。深読みかもしれませんが、氏のファッションもスナッパーたるためのカモフラージュだったとも考えられます。写真を撮る服装というのもこれまた色々ありますが、ここは割愛して機会をあらためましょう。

キャパと木村氏、どちらの写真集も図書館などで簡単に見つかるので、探してみてください。良い写真の座学になること請け合いです。スナップの真髄を垣間見ましょう。

スナップ写真には、常にカメラを持ち歩くこと、また、人・街・自然など被写体をつぶさに観察することが要求されます。“決定的瞬間”という言葉がありますが、何が決定的なのか写真家それぞれがよく考え、答えを模索し続けることで、自分の“決定的瞬間”の撮影法がカタチになっていきます。いつもいうことですが、まずはよく見ること、です。

前回までの「くるくる写真塾」はこちら
第12回 機材を愛でる。
第11回 ロケ地巡礼。
第10回 “壁”に対峙する。
第9回 まだ見ぬ道へ
第8回 旬の写真を味わう
第7回 ライドイベントのススメ
第6回 アングルのはなし
第5回 ロケーションハンティング
第4回 ボケとピントのはなし~その2~
第3回 ボケとピントのはなし~その1~
第2回 “自撮り”派サイクリスト
第1回 ようこそ「くるくる写真塾」へ!

<一口メモ>

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冬の信州のとある幹線道路を走っていました。前日の大雪で、塵を大地に落としきった大気は澄み渡り、山の短い夕暮れでも、素晴らしい発色のグラデーションを楽しませてくれます。赤みを増す夕日の遠景と、青みに沈む近景に見とれていると、雪の積もったままの歩道に一本の轍を見つけました。その先に視線を送ると、自転車に乗った黒い後ろ姿がごま塩のように見えました。

ハッと悟って、スマホを引っ張り出します。カメラが良かったですが、この際どちらでも良いでしょう。読みは当たります。自転車通学の学生服が通学用の自転車で、雪を踏み分け歩道を進んでいます。慎重かつ力強いペダル運びと体捌き。追い抜きざまに後ろから数枚失礼しました。先を走って行った私は、この雪の歩道が随分長く続くことをあとで知りました。彼は一人でそこを走ってくるのでしょう。そういう毎日の中の、一瞬に邂逅できたことが、写真を撮るものとして切なく、楽しいことです。