コラム

[週末行ってきました!]走って食べて、いろいろ感じた「ツール・ド・東北2016」

走って食べて、いろいろ感じた「ツール・ド・東北2016」

2011年3月11日--、長く人々の記憶に刻まれることとなった日。ところが、あの日から時間はどんどん流れ、当時は強く心を揺さぶった様々な思いも、残念ながら、その時感じたほどには自分を揺り動かす力をなくしてしまう。

だからこそ、走るのだ。その場所を訪れ、そこに住む方たちの声を聞き、その土地のモノを食べ、そしてもう一度考える。

くるくるクルーが走るのは、60kmコース!

2013年に始まり、今年4回目を迎えた「ツール・ド・東北」は、まさに東北を訪れるいいキッカケをくれるイベントだ。今年は9月17日(土)と18日(日)の2日間にわたり行われ、津波の被害を受けた東北沿岸の街をつないで3764人のライダーが走った。

イベント初日の17日(土)には、今大会から新設された「牡鹿半島チャレンジグループライド」と、恒例となっている「手ぶらde ラクラク石巻周遊ライド」が行われた。

くるくるサイクル取材班(くるくるクルーと命名します!)は、イベント2日目の「石巻~気仙沼間ライド」を走る。石巻~気仙沼間ライドには、5つのコースが用意されており、石巻をスタートして気仙沼で折り返し戻ってくる最長211kmの「気仙沼フォンド」を筆頭に、170kmの「南三陸フォンド」、100kmの「北上フォンド」、60kmの「女川・雄勝フォンド」、そして気仙沼を出発し石巻へゴールする片道95kmの「気仙沼ワンウェイフォンド」がある。

この5つのコースのうち、くるくるクルーがエントリーしたのは、最も距離の短い60kmの女川・雄勝フォンド。

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石巻港の埠頭が参加者の駐車場となる。ずらりと並ぶ車の付近で準備をする参加者と、朝の決めポーズをするくるくるクルー

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駐車場を出発し、スタート地点の石巻専修大学へ向かう

18日早朝、前日から降り続く雨は弱まったものの空一面を覆う雨雲はじっとりと居座ったまま。霧雨のなかをスタート地点となる石巻専修大学を目指す。

石ノ森マンガのキャラクターと記念撮影

最長の211kmを走る気仙沼フォンドにエントリーしている参加者の出走時間は、早朝5時30分!(ということは、何時起きなんだ!)尊敬に値する早起きである。一方の我々が出走する女川・雄勝フォンドのスタート時間は9時なので、石巻専修大学へ向かう前に石巻市街を少し走ることにした。

石巻の街中には、宮城県出身の漫画家・石ノ森章太郎が生み出したキャラクターたちがたくさんいる。JR石巻駅から旧北上川の中瀬にある石ノ森萬画館まで続く、石巻マンガロードを進むと次から次へとキャラクターたちが迎えてくれるのだ。

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朝7時台のおじさんたちのテンションをここまで引っ張り上げてくれる、石ノ森漫画のキャラクターたちに敬礼!

日本全国、その土地にゆかりのある漫画家のキャラクターが町おこしに一役買っている例は多いが、石巻のキャラクターたちは、等身大の大きさと、カラフルな彩色で子供の頃に見ていたマンガやアニメの記憶を鮮明に蘇らせてくれる。「あっ、あそこにもいた!」という宝探し的楽しさも相まって、ものすごく気分が盛り上がるのだ。

女川・雄勝フォンドに出走するライダーは、8:30から石巻専修大学のスタート地点に集合する。会場には自転車関連のメーカーや、地元サイクルショップのブースが並んでいる。あいにくの雨ではあるが、スタート会場にはサイクルイベントのスタート前に感じる「完走」に対する少しの不安感と、お祭りのようなワクワク感が満ちていた。

いよいよスタート!

8時30分、スタートゲート前にはすでに数多くの参加者が並んでいる。スタートを前に宮城県の村井知事をはじめ、大会運営に関わる関係者が震災への思いと参加者へ激励のメッセージが伝えられた。

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列の先頭に並ぶ、ハンドサイクルや三輪バイクにまたがるパラサイクリングのライダーたち

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スタート前には、参加者全員ヘルメットを脱いで震災の犠牲者へ黙祷を捧げる

午前9時、60kmのコースを走る女川・雄勝フォンドがスタートした。
石巻専修大学を出発したライダーたちは、収穫を控え黄金色に輝く田んぼを眺めながら、田園風景のなかを女川町へ向けて走る。

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日本の原風景のなかを走る

仮設住宅からの熱い声援!

石巻市から女川町へ向かう途中、道路沿いに仮設住宅が並んでいるのが見えてくる。玄関の外には自転車や子供用の三輪車、傘など人々の暮らしがそこにあった。震災から5年以上が経つ今も仮設に住まう人々はまだまだたくさんいる。

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道路の向こう並ぶ仮設住宅。震災前の暮らしから一変した新たら生活も、すでに5年以上が経つ

すると、仮設住宅の前でツール・ド・東北の小旗を打ちふり、大勢の住民たちが応援をしてくれているのを発見! 雨の降るなか、一瞬で過ぎ行く我々に声をかけてくれる。

「ガンバッテー!」
「雨降ってるから、気をつけてねえ!」

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朝早くから応援してくれている仮設住宅の方々。「毎年、ここで応援するのが楽しみでね。この先から坂道になるから頑張ってよ!」

住民の方に元気をもらい、女川町へ向かう坂道へと向かう。まずはひとつめの丘越えが始まった。雨足が激しくなるなか、ライダーたちは重くなるペダルに力を込める。

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みんな雨をものともせずに上って行く

見えた女川! エイドステーションにチェックイン!

最初の上りを終えて、下って行くと目の前に海辺の景色が見えてくる。内海の万石浦だ。カキの養殖が盛んで、震災後、早い段階で養殖用の筏が並んでいた。ここからしばらく万石浦を右手に眺めながら進む。

女川町へのゆるやかな上りがしばらく続き、頂上へ達すると下った道の先に女川町が広がる。震災直後、この町を訪れたとき、そこには絶望的な光景が広がっていた。その道をいま、自転車で下っている。かさ上げされた土地は、新しい女川町となるべくいまも工事が進められている。

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新しくなった道路を車列が行く

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以前、女川湾を望むこの場所からは、横倒しになった江島共済会館が目の前にあったが、2015年12月からの解体工事でいま姿はなくなった

女川駅前に最初の「女川エイドステーション」がある。ツール・ド・東北ではコース上の各所に設けられたエイドステーションで、地元の方々が美味しい地元産品で参加者をもてなしてくれるのである。

女川駅前のエイドステーションでは、地元の方たちが作ってくれたさんまのつみれ汁(女川汁)が振る舞われた。雨が降り、気温も下がっていたところでの温かいつみれ汁、どの参加者もハフハフ言いながら、地元の方が早朝3時過ぎから仕込んでくださった一杯で体と心を温めていた。

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女川駅前広場に並ぶテントでは、水やスポーツドリンクなども配られている

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早朝から0エイドステーションを手伝うイベントボランティアのおふたり

さんまのつみれ汁で一息いれた参加者たちは、地元の方の「ここから先は、坂ばっかりだから頑張って!」という激励に、ビビりながらもヘルメットの緒を締め直して走り出していく。

ついに始まったアップダウン

女川を後にすると、コースとなっている国道398号線は上り下りを繰り返しながら雄勝町へと伸びていく。この頃になると、雨にも慣れてきて、むしろ上りで火照った体が適度に冷まされて気持ちがいいくらいに感じるから不思議なものだ。下りのブレーキングの感覚も研ぎ澄まされる。森の中を抜ける道は、空気も良く、上りも仲間と声をかけながら上ると不思議と辛さも半減する。

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女川湾をバックに笑顔で上っていく参加者たち

坂道の何が楽しいかって、上っている最中の苦しさが好きという人も大勢いるが、何より上り詰めた時の達成感とそこから見える景色がいい。自分の足で上ってきたのかと信じられないほど、意外な高さに自分がいることに驚くこともしばしば。今回も真横に見ていた海が、ぐんとはるか下方に広がり、見える景色もまったく違っている。雨がいいアクセントとなり、単に「キレイだね」では終わらせない情緒ある思い出の風景となる。

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本サイト連載「くるくる写真塾」第7回でも取り上げた1枚。雨に煙る景色に足を止め、しばし見入る参加者たち

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御前浜海水浴場の近く、指ケ浜を通過。奥の山々から立ち上る靄が幻想的

はためく大漁旗がカッコ良すぎる!

次なるエイドステーションは雄勝町にある。その途中、トンネル2つをくぐり、長〜い下り坂を下っていると道路の右側がやけにド派手に彩色されているのが見えてくる。見れば、地元漁師さんが大漁旗を道路脇に掲げての応援隊である!

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雄勝の漁師さんたちが、たくさんの大漁旗で応援してくれる

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ネオンカラーをふんだんに使った、クール過ぎるジャパニーズデザイン。大漁旗デザインのサイクルジャージがあったら、ぜひ欲しい!

「もっと風があればよかったんだけどなあ」と、雨のなか応援してくれるだけでうれしいのに、さらなる気遣いで車列を見送る漁師のお父さん。
「また来年も来てね!」の声に押されて、雄勝町のエイドステーションを目指す。

宮城県一のアレを頬張る幸せ

アップダウンを繰り返し、ようやく2つ目の「雄勝エイドステーション」がある「おがつ店こ屋街」に到着!

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大勢の参加者が用意された地元産品の列に並んでいる。その先にあったのは…

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ホタテーー! 雄勝名産の大ぶりのホタテが炭火で焼かれているではないか!

雄勝町はホタテの生産量が宮城県で1位を誇る港町。リアス式海岸特有の入り組んだ地形が、雄勝湾にミネラルたっぷりの山からの水をそそぎ、養殖に適した静かな海を作り出している。ここで育ったホタテは肉厚でプリプリとした歯ごたえが特徴。その名産品を育んだ雄勝湾のそばで食べるという贅沢。

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ホタテを焼いてくれるのは、地元の漁師さん。
「みんな、美味しい美味しいって食べてくれるからうれしいですよ」

醤油の香ばしい香りで胃袋を強烈に刺激するホタテを食べた参加者は、「こんな美味しいホタテ食べたことない!」と大喜び。

後半戦へ突入! 北上川沿いを走る

雄勝の人々とホタテに別れを告げて、先へ向かう。ここまででコースはおよそ半分を消化した。この先は、峠をひとつ越え、北上川へ出たら川沿いの道を石巻へ向かい石巻専修大学へとゴールする。

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再び見えてきた田園風景。北上川まで一気に下る

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ゆったりとたゆたう北上川。このすぐ隣には大川小学校がある。津波で被災した校舎は震災遺跡として残されることが決定している

北上川沿いの道で、他のコースにエントリーした参加者たちと合流する。ゼッケンの色でどのコースを走ったのかがわかるのだが、100kmコースや170kmコースのライダーたちもいる。

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はるか先の折り返し地点を経て、我々60kmコースの参加者と合流する100kmコースや170kmコースの参加者たち

地元の方の声援にもう一踏ん張り!

気がつけばいつの間にかすっかり雨も上がっている。雨に洗われて、さらに清々しい空気のなか、川沿いから住宅街へと入っていくと、沿道にはライダーに声援を送るたくさんの市民の方がいる。「がんばって〜」の声が、こんなにもうれしいとは思わなかった。普段、応援なんてされることもない身には、新鮮でとにかくうれしい。トップアスリートたちが口々に「応援してくれる人がいるから」というが、その意味がほんのちょっとだけわかった気がする。

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「毎年楽しみでね。ありがとね」と、かえって感謝されてしまう。恐縮です!

そして迎えた3つ目となる河北エイドステーションがある「大川保育所」。ここでも、地元のみなさんの歓待を受けて、疲れも吹き飛ぶ。

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まるでゴールエリアのように、近所の方々が迎えてくれる

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河北エイドステーションでは、地元で昔から食べられている平椀(ひらわん)が振る舞われた。くるみ豆腐やタケノコを甘めに煮た精進料理で、しっとりした甘さが疲れた体に染み渡る。地元の年配の方は、これを「しゃ」と呼ぶのだとか。なんだか、すごく粋な響きだ。

残りは12kmも無事に走り終え、いよいよ石巻専修大学へとゴール!

走ったら終わり、じゃないのがツール・ド・東北!

ゴール後も楽しいのが、ツール・ド・東北。会場には、地元の美味しい料理を提供するフードブースや、トークイベント、ライブが行われるステージもあり、参加者のみならず地元の方も遊びに来ることができる“お祭り”会場となっている。

くるくるクルーがゴールしたときには、ちょうどレミオロメンのボーカル兼ギターで、ツール・ド・東北の公式テーマソング「LIFE」を作詞作曲した藤巻亮太さんのスペシャルライブが行われていた。

そして、会場の周りをぐるりと囲む様々なブース。片側からは美味しい匂いが漂っている。地元の飲食店などが参加する「ツール・ド・東北 応“縁”飯」のブースだ。全部で17のブースが並び、海の幸、山の幸を使ったスタミナ系の食から、郷土料理にB級グルメまで、東北の食が一同に会している。

しかも、どこも値段が安い! ジャンルも様々で、一度にいろいろな美味しさを味わえるのもうれしい。くるくるクルーもせっかく走って多少は消費したカロリーを取り戻し、さらには増すべく、本能の赴くままに東北の味を楽しんだ。

被災地への思いを形にする方法

知らない土地を走る。ただそれだけで自転車に乗る楽しさは十分に満たされる。ところが、そこに地元の人たちの思いのこもったもてなしが加わることで、その喜びは数倍にまで大きくなる。ライドイベントの楽しさはまさにそこにある。

ましてや、ツール・ド・東北はあれほどの甚大な被害を受けた被災地を走ることができるのである。復興と日々の生活。そこに暮らす人々にとっては、毎日の暮らしこそが復興への道筋であるが、そこからひとたび離れてしまえば、それは私たちの日常である。

その日常に被災地への思いを込めるのはなかなか難しい。だから、走るのである。イベントにキッカケを見出し東北へ行く。車ではあっという間に通り過ぎてしまう被災地の景色のなかを、自分のペースで走って行く。

その行く先々で待っていてくれる地元の人たちのあの笑顔は一体なんなのだろう。人は誰かを応援することで、自分自身のうちに不思議と力が湧いて来るのを感じることがある。年に1度、長い車列が沿岸部を走る。その車列へ向かって、地元の方達は一生懸命に応援の声をかけてくれる。もし、その応援の声が、地元の方達の内側へも響いているとしたら、それはどんなにうれしいことかわからない。それを持ってして被災地支援といったら、それは自己満足に過ぎるかもしれないが、少なくともその場所へ行き、その土地のものを食べ、地元の方と話したことは、深く私たちの心に刻まれたのである。

日常のなかで何かの折に触れる被災地のニュースや話だけでなく、実体験として感じた思いは、いつでも取り出して誰かに話すことができる被災地の姿だ。

自転車という道具の持つ発見の喜びが、たくさんのことを教えてくれたツール・ド・東北。また、来年も長い車列がこの土地を行くのだろう。